わたらせ養護園 新館群馬県の赤城山麓に建つ幼児と学童のための養護施設

国は昨今、老人同様幼児もまた在宅介護が原則である。しかし、ここの子は帰る家のない子も少なくない。ある子は両親に棄てられ、ある子は両親共に刑務所である。
原則が通用しない子は又、帰る家がなく24時間この「家」にいる。ここに暮らす子は知恵遅れの子であり、自閉症の子であり、殆んどの子はなにかしらの病気を罹っている。
知恵遅れの子は、遺伝的に身体も虚弱で運動能力も劣っているといわれ、からだつきもひ弱である。一方、ひとつのことへの執着心が強く、単純な行為の繰り返しで結果的に大きなことを引き起こす。これが良い方向に向けば、天才的芸術家も生まれ、方向を間違うと “破壊者”とな  る。軟弱そうでいて力強く、壁や扉を蹴破り、木製建具をかじり、危険のないようにと配慮したゴム製の家具のツマミや戸当りはかじった上食べてしまう。
ガラスは割れると危険という常識は通用しない。強化ガラスにすべきか、ガラスは割れることを教えるべきか。後者を試みた。結果、即刻ガラスは割られた。ガラスを割った後は、更に細かくしようとガラスの上に素足でジャンプし続ける。バリバリとの音、足裏の感触が心地良いらしい。足の裏は血だらけで、血が滴っている。知覚が鈍いので痛みを感じない。細かいガラスの破片は足の裏にくい込んでいく。発見した先生の悲鳴が聞こえる。
自閉症の子はヘッドギアをしている。自らの頭を繰り返し繰り返し壁に、扉に、出隅にと打ちつける。子供の安全のために金属の壁材料は使っていない。木製の様々な部分が傷つき、破損する。
トイレでは、自ら排泄したウンチで粘土遊びが始まる。排泄直後はまさしく人膚の温かさで手ざわりが良い。四半世紀という時間の流れの中に「破壊」と「創造」を繰り返す
知的障害のため、自ら病気を訴えられない子の為に介護の先生は、添寝によって熱の有無の確認、病気の発見につとめる。

壊されるたびに次の工夫をし、また壊される。

その繰り返しがこの25年の記録であり、歴史である。傷跡が残っているものもあれば、創造と再生をくり返しているものもある。
この建築が「生物」として生き続けている証拠である。
昨年、増築の話が舞い込んだ。国の方針で、子供1人当りの面積を2.7㎡から4.5㎡に増やすことによる増築工事である。補助金による事業で、発注年度内の計画、設計、工事完了までとのことで、設計4ヶ月、工事5ヶ月という突貫工事となった。

奇をてらわず、無駄を省き
あたりまえの材料で安全な「家」をつくる


朝起きると、子供達は皆寝室である和室から「廊下」に出される。「廊下」は通路としてのそれではなく、「生活すべての場」である。顔を洗って、歯を磨いて、着つけや身づくろいの指導を受け、さまざまな遊びをする。そのための広がりをもたせるとともに、限られた職員数でケアができるようにと、死角をなくしたパースペクティヴな広がりをもった「廊下」とした。走り回る子供のために、腰壁や建具、コーナーの出隅などは木製として、殆んどをラワン材を使い、欠損が大きくなったら取り替える。傷がつかない堅牢な材料を使用することは、子供の方を傷つけてしまうからだ。職員の先生方は、多くの傷は子供たちの活発な活動と成長の証しと考えている。

自然通風、自然採光、自然換気

赤城山の南山麓は冬は赤城山に遮られて、谷川岳から吹き下ろす群馬県特有の「空っ風」や「風花」の影響が少なく温暖である。夏は周囲の木立ちや、風上にある人工池の表面を伝って吹き上がってくる冷気のおかげで涼しい。
大自然の中にある施設として、自然通風、換気を原則とし、居室の手元の窓と、上部の窓、廊下への出入口の引き戸と欄間窓、廊下吹抜の高窓と、高さの違いによるドラフトを利用した空気の流れによって、施設特有の臭気が溜まらないようにした。
食堂は左右を丸い庭に囲まれ、方位の異なる2つの庭の双方の風向きや温度差を利用した空気の流れを利用して、快適な食事ができるようにした。

【建物名称】 わたらせ養護園新館
【所在地】 群馬県桐生市
【竣 工】 2013年
【用 途】 児童福祉施設
【敷地面積】 2833.45㎡
【延床面積】 204.92㎡
【構造・規模】 RC造、地上2階
【写真撮影】 坂口裕康